クレジットカードの次へ─AmazonとWalmartがステーブルコインに向かう理由

決済市場の未来を読み解く

小売業界の二大巨頭であるAmazonWalmartが、独自のステーブルコインを発行する、あるいは既存のステーブルコインを活用することを検討しているというニュースが、近年の金融・テクノロジー業界で大きな話題となっています。

Amazonは日本でも広く知られた存在ですが、Walmartはアメリカを拠点とする世界最大級のスーパーマーケットチェーンで、米国内はもちろん世界中で強い販売力を持つ企業です。こうした動きは、従来の決済システムに大きな変革をもたらし、両社にとどまらず、Eコマース全体やグローバル決済市場に対しても計り知れない影響を与えると見られています。本稿では、この報道の背景、両社がステーブルコイン導入を検討する主な動機、関連する規制動向、そしてこの新たな動きがもたらすであろう今後の課題や、乗り越えるべきポイントについて、詳しく解説します。

報道の背景と注目ポイント

この話題のきっかけは、2025年6月13日付のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)による報道です。その後、Modern Retail、CryptoNinjas、Cointelegraphなど、たくさんのニュースサイトが取り上げて話題になりました。

これらの報道によると、AmazonとWalmartは、それぞれのビジネスの中で「ステーブルコイン」と呼ばれる安定した価値を持つデジタル通貨を、支払い手段として使うことを本気で検討しているようです。

この動きは、ただの新しい技術を試すというだけでなく、両社が今後のビジネスで直面する問題を解決し、さらに成長していくための大事な戦略になるかもしれないと見られています。

特に注目されているのは、これまでの銀行などの金融システムに頼らない、新しい支払いの仕組みを作ろうとしている点です。これが実現すれば、ネットショッピングや国を超えたお金のやり取りが、もっと早く・安く・便利になる可能性があります。

ステーブルコインとは何か?

ステーブルコインとは、米ドルや金といった安定した資産にその価値が連動するように設計された暗号資産の一種です。ビットコインやイーサリアムのような他の暗号資産は価格変動が大きい(ボラティリティが高い)のに対し、ステーブルコインはその安定性から、日常的な取引や送金に適しているとされています。これにより、デジタル資産でありながら、法定通貨に近い感覚で利用できることが大きな特徴です。

AmazonとWalmartがステーブルコイン導入を検討する主な動機

小売大手2社がステーブルコインの導入を検討する背景には、複数の強力なビジネス上の動機が存在します。

1. 決済手数料の大幅削減

AmazonとWalmartにとって最大の動機の一つは、莫大な決済手数料の削減です。現在のクレジットカード決済では、小売業者は売上の2〜3%を手数料としてカード会社(VisaやMastercardなど)や銀行に支払っています。両社のような巨大な取引量を誇る企業にとって、この手数料は年間で数十億ドルに上ると言われています。例えば、2024年にEコマース売上が4470億ドルを超えたAmazonの場合、ステーブルコイン導入により年間90億ドルから130億ドルの節約につながる可能性があると推計されています。ステーブルコインによる決済は、ブロックチェーン技術を基盤とするため、仲介者が減り、手数料を大幅に抑えることが可能になります。

2. 決済の迅速化と効率化

従来のクレジットカード決済では、小売業者が支払いを受け取るまでに数日かかることがあります。しかし、ステーブルコインを利用した決済は、ブロックチェーン上でほぼ瞬時に完了します。この迅速な即時決済は、特にグローバルなサプライチェーンを持つ企業や、大量の取引を扱う企業にとって大きなメリットとなります。資金繰りの改善、在庫管理の最適化、そして国際的なビジネスにおける外国為替手数料の削減にも寄与する可能性があります。

3. 金融仲介業者への依存度低減

独自ステーブルコインを発行することで、AmazonとWalmartは、既存の銀行や決済ネットワークといった金融仲介業者への依存度を低減できます。これにより、彼らは自社の決済システムに対するより大きなコントロールを得ることができ、従来の金融インフラに縛られない新たなビジネスモデルを構築する自由度が高まります。国境を越えたB2B(企業間)決済や、財務管理の効率化にも繋がると見られています。

4. 自社エコシステムの強化とデータ活用

AmazonとWalmartは既に、自社のスマホ決済アプリやポイント制度などを通じて、たくさんの顧客とつながる仕組みを持っています。ステーブルコインは、これらのエコシステムのツールとして機能する可能性があります。例えば、ステーブルコインを介したロイヤルティプログラムやリワードシステムの構築、マイクロローン、あるいはパーソナライズされた金融サービスの提供などが考えられます。これにより、顧客のエンゲージメントを高め、より詳細な取引データを収集・分析することで、新たな収益源や顧客インサイトを生み出すことが期待されます。ブロックチェーン技術を活用した金融インフラの開発を行っているアメリカのフィンテック企業  Metallicus社の製品担当副社長カレン・マクヘンリー氏は、小売業者がステーブルコインを利用することで、他の企業とも連携可能な強力なリワードシステムを構築できる可能性を指摘しています。

5. 新興市場での競争優位性

アルゼンチンやトルコのように、自国通貨が不安定な国々では、米ドルに固定、ペッグされたステーブルコインが、現地通貨に代わる信頼性の高い決済手段として機能する可能性があります。AmazonやWalmartのステーブルコインがこうした市場で受け入れられれば、不安定な経済状況下にある消費者や企業にとって魅力的な選択肢となり、両社の新興市場における競争優位性を確立する上で重要な役割を果たすかもしれません。

規制動向:「GENIUS Act」の影響

AmazonとWalmartのステーブルコインへの関心は、米国内でのステーブルコイン規制の進展と密接に関連しています。現在、米国では「Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins (GENIUS) Act」という法案が議会で審議されています。

この法案は、発行者に発行額と同等の準備資産の保有や、アンチマネーロンダリング(AML)規制の遵守を義務付けることなどが主な内容です。GENIUS Actは2025年6月17日にすでに上院を通過しましたが、まだ法律として成立したわけではありません。今後は下院での審議が焦点となります。

GENIUS Actが可決されれば、大手小売企業がステーブルコインを安心して導入できる法的基盤が整います。しかし、法案の内容にはまだ不確定な要素が多く、例えば、特定の規模を超える企業(例:2500万人以上のユーザーを持つソーシャルメディアやEコマースプラットフォームなど)によるステーブルコイン発行を制限する条項が盛り込まれる可能性も指摘されています。また、民主党議員からは、ビッグテック企業が金融分野に進出することへの懸念や、経済力の過度な集中に対する批判も上がっており、今後の下院での議論の行方が注目されます。

潜在的なリスクと課題

ステーブルコインの導入は大きな可能性を秘めている一方で、いくつかの重要なリスクと課題も伴います。

1. 消費者採用のハードル

最も大きな課題の一つは、一般消費者にステーブルコインを実際に使ってもらうことです。多くの消費者はステーブルコインがどのようなものかを知らず、その利用に不安や抵抗を感じる可能性があります。小売業者は、従来のクレジットカード決済と比べた明確なメリット(例:手数料無料、限定割引、充実したリワードプログラムなど)を提示しながら、ステーブルコインの仕組みをわかりやすく伝える努力が必要です。

過去には、ウォルマートなどが主導して導入を進めたQRコード決済「CurrentC」のように、クレジットカードのネットワークを介さずに支払いを行う仕組みが試みられました。しかし、この取り組みは、消費者の関心を十分に集めることができず、最終的に失敗に終わりました。こうした背景からもわかるように、新しい決済手段を普及させるためには、直感的で使いやすい操作性(シームレスなユーザー体験)と、利用したくなる明確なメリット(インセンティブ)が欠かせません。

2. 規制の不確実性とコンプライアンスコスト

GENIUS Actが進展しているとはいえ、ステーブルコインに関する規制環境はまだ流動的であり、国際的にも統一された基準はありません。欧州のMiCA(Markets in Crypto-Assets)規制のような異なる枠組みが存在し、グローバルに事業を展開するAmazonやWalmartは、複数の司法管轄区における複雑な規制要件に対応する必要があるかもしれません。これにより、多大なコンプライアンスコストが発生する可能性があります。また、政府が最終的に商業企業が広範な決済に利用できるステーブルコインを発行することを許可するかどうかについても疑問の声が上がっています。

3. 安定性の維持と信頼性

ステーブルコインはその名の通り「安定」を標榜しますが、過去にはテラUSD(UST)のようにドルペッグを維持できず破綻した事例も存在します。たとえ大手企業が発行したとしても、ステーブルコインの価値の安定性を完全に保証することは容易ではありません。FTXの破綻時に一部のステーブルコインが一時的にペッグを失った事例も、そのリスクを示唆しています。消費者や企業からの信頼を得るためには、発行者は厳格な準備金管理と透明性を示す必要があります。

4. 既存決済ネットワークからの反発

VisaやMastercardといった既存の決済ネットワークは、ステーブルコインの脅威に直面しています。AmazonとWalmartのステーブルコイン発行検討のニュースが報じられた際、両社の株価は一時的に下落しました。しかし、これらの伝統的なプレーヤーも、AIによる不正防止システムや広範なネットワークを背景に、強固な地位を築いています。彼らはステーブルコインの動向に適応し、ブロックチェーン技術を取り入れた新たなソリューションを開発することで、市場シェアを維持しようとするでしょう。

5. 独占と競争に関する懸念

大手テクノロジー企業や小売企業が独自ステーブルコインを発行することに対しては、独占的な経済力の集中という懸念も存在します。特にAmazonのように広範なEコマース市場を支配する企業が独自の決済手段を持つことで、競争が阻害されたり、特定のベンダーを優遇したりする可能性が指摘されています。規制当局は、このような企業によるステーブルコインの発行が、市場の公正な競争を損なわないよう、厳しく監視する必要があるでしょう。

業界の反応と今後の展望

AmazonとWalmartの動きは、決済業界全体に大きな波紋を広げています。

  • 伝統的な金融機関:JPMorgan、Bank of America、Citigroup、Wells Fargoといった大手銀行も、共同でのステーブルコイン発行を検討しているとの報道があり、ステーブルコイン市場への参入に意欲を示しています。
  • 他の小売・Eコマース企業:旅行会社のExpediaや一部の航空会社もステーブルコインの利用を検討していると報じられています。Shopifyはすでに2013年に設立されたアメリカの金融テクノロジー企業であるCircleのUSDC決済を2025年末までに導入する計画を発表しています。
  • 決済サービスプロバイダー:PayPalはすでに自社ステーブルコイン「PYUSD」を発行しており、Stripeのような企業もステーブルコイン決済の提供を拡大しています。

アナリストの評価は分かれています。一部は、ステーブルコインが国境を越えたB2B取引や、新興国での決済に特化した用途で先行する可能性が高いと見ています。一方で、消費者向け小売決済におけるステーブルコインの本格的な普及には、まだ数年かかるとの慎重な見方も示されています。消費者の行動変容を促すためのインセンティブ設計の難しさや、規制の不確実性が主な理由として挙げられています。

まとめ

AmazonとWalmartによるステーブルコイン導入の検討は、小売業者が従来の決済システムから脱却し、コスト削減や業務の効率化、さらには自社サービスの一体化を図るための、戦略的な動きといえます。GENIUS Actのような規制の整備が進めば、こうした取り組みがさらに加速する可能性があります。

一方で、ステーブルコインでの支払いに本当に多くの消費者が対応できるかどうか、法律やルールの整備が間に合うか、そしてクレジットカード会社や銀行といった既存の決済事業者との競争など、課題も多く残されています。

このような動きは、デジタル通貨が今後の金融や小売のあり方をどう変えていくかを示す、重要な指標となるでしょう。今後数年間における法整備、技術の進化、そして利用者の受け入れ方が、AmazonやWalmartが目指す「ステーブルコインによる決済の新時代」の成否を左右することになります。私たちの買い物体験が今後どう変わっていくのか、引き続き注目していく必要があります。

多くの人にとって身近な存在となっているAmazonなどの企業は、これからどう変わっていくのでしょうか。

この小売と金融の融合が、私たちの買い物をどのように変えていくのか、これからも目が離せません!!

参照ウェブサイト: The case for and against retail giants like Amazon and Walmart getting into stablecoins – Modern Retail

 

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